石油・ガス業界におけるAMの本格展開:試作からデジタルサプライチェーンへ
2026年4月7日 | 所要時間:5分
石油・ガス業界と聞くと、巨大な鉄骨構造物、重厚な鋳造品、そして何十年も稼働し続けている旧式の設備を思い浮かべる方が多いでしょう。実際に、エクソンモービルのバトンルージュ製油所では、1938年から稼働し続けているコンプレッサーも存在します。しかし、こうした伝統的な操業の裏側では、デジタル化が着実に広がっています。この変革の最前線にいるのが、バトンルージュ拠点の特機設備の導入を統括し、積層造形(AM)をリードするクリストファー・ビーソン氏です。手作業による溶接からキャリアをスタートし、30年以上の経験を持つビーソン氏は、金属加工の現場を熟知しています。現在は、スペアパーツを主にクラウド上のデジタルファイルとして管理・活用する新たな製造のあり方を推進しています。
エクソンモービルは、3Dプリンティングの試験・検証を既に脱し、次のフェースに移行しています。同社は、本社集中型の研究開発体制から、各製油所が主体的に活用する分散型・現場主導モデルへ転換を進めています。この変革は、この業界にとって大きな転換点であり、AM(アディティブ・マニュファクチャリング)が世界のエネルギーインフラを支える重要な技術であることを示しています。
本社主導の研究開発から現場実行への戦略転換
エクソンモービルは、テキサス州ヒューストンとニュージャージー州クリントンに設置された集中型AM拠点から、その取り組みを始めました。これらの施設は、主に非金属材料と初期段階の試作に注力してきました。これらの拠点は重要な基盤を築きましたが、AMの真価は現場での活用にあります。2021年に制定されたAPI 20S規格は、この転換を後押しする大きな契機となりました。この規格は、石油・ガス業界における金属積層造形部品に関する初の主要な枠組みを提供するものです。
API 20S規格により認証プロセスへの道筋が確立されると、エクソンモービルは、レーザー粉末積層造形(LPBF)が従来の鋳造技術と比べて、密度及び信頼性の面で上回る水準に達していることを認識しました。この技術は、各拠点に運用を委ねられるほど成熟した段階に到達しています。ビーソン氏は「積層造形の拡大が私の仕事だ」と述べ、現在は即時性と高品質が求められる北米およびシンガポールの拠点を中心に展開を進めていると説明しています。
デジタルサプライチェーンネットワークによる在庫負担の解消
AMのスケール展開を後押しする大きな要因の一つが、「在庫コスト」の削減です。石油・ガス大手各社は、使用されるか分からない部品を在庫として保管するために、毎年数十億ドル規模のコストを費やしています。例えば、ポンプ用インペラーに関する社内調査によると、在庫として保有していた部品の約40%が、ポンプの仕様変更やシステム全体の更新により、最終的に廃棄されるか、あるいは一度も使用されないまま終わっていることが明らかになりました。デジタルサプライチェーンネットワークへ移行することで、エクソンモービルはこうした大規模な物理倉庫への依存を大幅に低減することが可能になります。
これを実現するため、エクソンモービルはシェルやコノコフィリップスといった競合他社とも連携して、「Field Node」と呼ばれる業界横断型の「デジタルクラウド」を活用しています。この環境では、各社が非専有の3Dファイルを共有しています。例えば、共通仕様のポンプのボリュートに不具合が生じた場合、エンジニアはクラウド上で他社がすでにその部品をスキャンして認証を完了しているデータがないかを確認できます。これにより、高コストなリバースエンジニアリング工程を省略し、迅速に製造へ移行することが可能になります。 さらに、OerlikonやQuintusをはじめとする、監査済みの信頼性の高いAM製造パートナーのネットワークが整備されており、必要な部品をオンデマンドで製造できる体制が構築されています。
確立された技術と新たな可能性
インペラのような複雑で高密度な部品の製造において、依然としてLPBF(レーザーパウダーベットフージョン)が成熟した標準技術として位置づけられています。一方で、他の技術も急速に存在感を高めています。中でもWAAM(ワイヤアーク積層造形)やDED(指向性エネルギー)は、今後の成長が期待される分野です。これらの手法は、高さ4~5フィート(1.2~1.5m)に達するような大型の鋳鉄製部品の代替に適しています。
従来、大型鋳造品の調達には12~14か月を要することがありました。しかし、産業用3Dプリンティングを活用することで、製油所は数週間という短期間で実用的な交換部品を製造できるようになりました。また、エクソンモービルは材料技術の限界にも挑戦し続けています。Sandvikをはじめとするパートナー企業との協業により、同社は熱分解炉などの過酷な製油所環境に対応する専用の粉末材料の開発を進めています。
ビーソン氏は、LPBFは鋳造と比較して「圧倒的に優れている」と指摘し、業界が従来の製造方法に依存し続けているのは、性能面での優位性ではなく、単に慣習によるものだと述べています。
地域連携による労働力不足の解決
製造技術の拡大には高度なスキルと持つ人材が必要ですが、既存の製造拠点で働く多くの技術者は、積層造形を前提とした設計の経験が十分とはいえません。さらに、現時点では3Dプリンター技術者に対応する明確な職種体系も業界内で確立されていないのが実情です。こうした課題に対応するために、エクソンモービルはルイジアナ積層造形協会(LAMA)の取り組みを主導しています。この連携により、バトンルージュにおけるCOE(センター・オブ・エクセレンス)の構築を目指しています。
このCOEは、この地域にとって「3つの役割を兼ね備えた」拠点となっています。エクソンモービルのエンジニアに実践的なトレーニングを提供し、同施設に産業用プリンターへのアクセスを確保するとともに、地域経済の発展を促進しています。ルイジアナ州立大学(LSU)などの地元大学の学生は、EOSやVelo3Dなど複数の3Dプリンターメーカーの装置に関する認証を取得することができます。これにより、成長が続き製造業分野において、即戦力としての採用が期待されます。
このパートナーシップは、経済的な面でも大きなメリットがあります。LAMAの上位会員になることで5,000時間分の無料積層造形時間が提供されます。通常であれば約16,000ドルのインペラーを、粉末材料費のみで製造できる可能性があります。
デジタル対応のボトルネックを克服する
こうした進展にもかかわらず、AMの本格導入に向けた最大のボトルネックとして、「ワークフロー上のギャップ」が依然として存在しています。3Dスキャンデータから実際に3Dプリンターで製造可能なデータへと移行するには、表面仕上げ、試験手順、後処理といった数多くの技術的な課題に対応する必要があります。この課題を解決するため、国際石油・ガス生産者協会(IOGP)は「Joint Industry Sprint(JIS O2)」を立ち上げました。
この取り組みでは、「デジタル・レディネス・レベル(DRL)」を用いて部品ごとに「デジタルパスポート」を作成します。DRL1の部品には基本的なスキャンデータと材料試験情報が含まれています。DRL3の部品は検査計画や表面粗さ仕様などを含む、製造に必要なデジタル情報が一式揃った状態となります。
最終的な目標は、「ワンクリック」で見積依頼(RFQ)ができるシステムを実現することです。デジタルパッケージが完成したら、サイト責任者はボタンを1つ押すだけで仕様を認定ベンダーに送信でき、今まで数週間を要していた事務的なやり取りを大幅に削減することができます。
標準化されたAM時代が到来
石油・ガス業界において、AM(アディティブ・マニュファクチャリング)の真価は、現場で機械が故障した際に、必要な部品を1~3個だけ即座に印刷するといった「その場限りの」ニーズに応える点にあります。ビーソン氏は、1拠点あたり四半期に20~30個の部品を印刷することを成功の指標としています。世界中に約100の拠点があることを考えれば、これはサプライチェーンの処理量において極めて大きな変化をもたらすことになるでしょう。
この取り組みを推進するため、業界関係者は2026年10月14日と15日にテキサス州ヒューストンで開催される「AM Oil & Gas Summit」に集結します。このイベントは、分散している業界コミュニティを一つにまとめ、透明性の向上や標準化の推進について議論することを目的としています。
ビーソン氏は、「デジタルサプライチェーンネットワークは、これまでのどの手段よりも速くAMのスケール拡大を実現するでしょう」と述べています。
エクソンモービルは、デジタル対応力の強化、地域における人材育成、そして業界全体での連携に注力することで、今後100年にわたるエネルギー生産を、従来の在庫依存型ではなく、デジタルイノベーションを基盤とした形へと進化させています。
「Additive Snack」ポッドキャストを聴く
「Additive Snack Podcast」の全エピソードは、Spotifyででご視聴いただけます:
- 石油・ガス業界におけるAMの本格展開:クリストファー・ビーソン氏に聞くエクソンモービルの戦略